星におねがい



「先生。これ、書いてください。」

そう言って依藤は、俺に一枚の紙を差し出した。
なんの変哲も無い、細長い紙。 あえて言うなら、淡いオレンジがかった、少し上等そうな紙だ。
全く意味がわからない。

「依藤…?なんだこれ?」

そんな俺の問いに、依藤は驚きの表情を見せた。
まるで、何か信じられない物にでも出会ったようだ。
俺は少しむっとしたが、依藤はそんなことには気付かずに、やれやれと説明し始めた。

「短冊ですよ、先生。ほら、もうすぐ七月七日じゃないですか。」

その言葉に俺はあぁ、と間抜けな声を上げた。
そうか、これは七夕飾りか。そういえば、沢登が風紀委員室に笹を持ってきていたような気がする。

「でも、何で先生がこれを書くんだ?」

校門で、生徒たちに書いてもらったほうがいいんじゃないか?
そう助言すると、依藤は何もわかってない、と言いた気に首を振った。

「もちろんメインは生徒たちなんですけど、いきなり言ったって誰も書いてくれないじゃありませんか。」

確かに、と俺はうなずいた。
校門前でいきなり沢登に短冊を書けといわれたって、俺なら全力で逃げる。
そんな俺の様子に苦笑しながら依藤は続けた。

「だから、何枚かサクラを用意しようかな、と思って。」

なるほど。だから俺に書けと言ったのか。
そうと解ると、なぜかやる気が出てきた。さて、彦星と織姫に、どんなお願いをしようか。
少し考えて、俺の頭にふと、疑問が浮かんだ。

「何枚かサクラを用意するって、依藤、お前もなんか書いたのか?」

はい、と依藤はにこやかに答えた。

「なんて書いたんだ?」

特に意味もなく、すっと頭に浮かんだ事を口にした。
すると依藤は、黙り込んでしまった。
もしかして、何か聞いてはいけないことでも書いたのだろうか。
嫌なら言わなくてもいい、と言おうとすると、依藤がそっと口を開いた。

「……来年も、先生のクラスになれますように。」

それは、とても小さな声だった。




「……とまぁ、俺が亜貴を気にし始めたのは、これが最初…って亜貴!今、聞いてた?!」

亜貴に、意識した最初はいつなのかと訊かれて、俺は昔話を披露していた。
それなのに亜貴は俺の隣から居なくなり、いつのまにかベランダに出ていた。
俺も亜貴を追いかけてベランダへ出る。

「…亜貴、それはいくらなんでもひどいぞ。」

「いいじゃない、柑。年に一度しか会えない訳じゃないんだし。」

夜空を見上げながら亜貴が笑う。その笑顔で、俺はいつも亜貴の全てを許してしまう。 情けないと思いながらも、そんな亜貴の笑顔がたまらなく愛しい。
そんなことを考えながら俺はそっと亜貴の肩を抱いた。
今日は七月七日。珍しく空は晴れ、星がいくつも輝いていた。
ベランダの隅には七夕飾りのたくさんぶら下がった笹が立てかけてある。

「そういえば、亜貴。今年は、短冊になんて書いたんだ?」

昔の事を思い出したからだろう。無性に短冊に書かれた亜貴の願い事が気になった。
別に訊かなくても自分で見ればいいのだが、なんとなく亜貴の口から聞きたい気分だった。
俺の問いに、亜貴はいつかの七夕の時のように少し黙り込んだ。 チラリと俺のほうを見やる。
上目遣い気味の目が心配そうに俺を見つめていた。

「……笑わない?」

「笑わないよ。」

笑うわけがない。大好きな亜貴の願い事だ。 星の代わりに俺が叶えてあげたいくらいなのに。
亜貴は深く、一度だけ深呼吸し、そして、小さな声で囁くように言った。

「柑と、少しでも長く一緒にいられますように。」




+End+





+一言コメント+
七夕だ!と思って気楽に書きました。
七夕は妄想しがいのあるイベントなので好きです(ぇ
亜貴と先生はもう本当にゴールデンカップルだと思います!





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