君はいったい誰のもの?
「よし、これで終わりっと。」
最後の一束を紙の山の上に置くと、亜貴は大きく伸びをした。
ステープラーのために左端が競りあがっている紙束は明日の進路説明会の資料だ。
亜貴と俺は、日曜日にも関わらず真朱先生の鬱陶しさ全快の呼び出しをくらって学校に来ていた。
頼まれた雑務はこの進路説明会の資料の整理でラストだ。
これでやっと帰ることができる。さて、今日の帰り道、亜貴はどんな顔を見せてくれるかな。
そんなことを考えながら帰り支度をするために立ち上がると、入口のドアが大きな音を立てて開いた。
「お前ら、仕事、どう?」
「先生。こっちは終わりましたよ。後は、帰る支度をするだけです。」
「お、ありがとうな。本当助かったよ、依藤、白原。」
亜貴が様子を見に来た真朱先生の方へ駆け寄っていった。そのまま笑顔で話を続けている。
真朱柑。
俺たちのクラスの担任で生徒からの人気が割と高い。
だけど俺は、その名前を聞くと無性に腹が立つ。それもこれも亜貴が、あいつの話ばっかりするからだ。
あいつの話になると亜貴は、いつもとは違った顔で笑う。
それが、俺をいらだたせる。
「ほんっと、お前らが学級委員で先生幸せだ!」
「俺らはものすごく不幸せですけどね、先生。」
亜貴に気安く笑いかけるな。
本心を隠し、それに上塗りするように極上の笑顔で毒を吐く。
これはささやかな仕返しだ。
効果は全くないみたいだから、本当に気持ちだけだけれど。
「ま、本当にありがとうな。」
「先生、今度からはちゃんと自分でやってくださいね。」
「それじゃ、先生。俺たちはお先に失礼します。
亜貴、俺自転車だから家まで送るよ。」
そう言って俺は亜貴の手をとった。
こういうことは何か邪魔が入る前に主張した者勝ちだ。
この間、紺青に亜貴を連れて行かれた事で学習した。
戸惑う亜貴をよそに、足早に教室を出て行こうとした、そのときだった。
「なんだ。依藤、歩きなのか?先生、車だからよければ送るぞ?」
「え、本当ですか?」
亜貴の顔がパァと明るくなり、そして、はっとしたように俺をちらりとみた。
どうする?という先生の問いに亜貴は答えられずに困ったような顔をしている。
亜貴の、そんな仕草に腹が立つ。亜貴の恋人は俺のはずなのに。
亜貴の顔を、もう一度見て、俺は不機嫌を隠すことをやめた。
「送ってもらいなよ、依藤さん。もう夜だし、車の方が早いしね。」
笑顔でそう言って、失礼しました、とほとんど駆け足で教室を出て行った。
後ろは振り返らない。
亜貴が、俺の名前を呼ぶ声が聞こえたが、それも無視して階段を駆け下りた。
「白原…く…ん。」
自転車置き場で自転車の鍵をあけようとしていたところに、後ろから声をかけられた。
亜貴の声だ。ここまで走ってきたのだろう、声が息でかすれていた。
「何?」
俺は、冷たく鋭い声をできるだけ押さえながら言った。顔は前を向いたままだ。
今、亜貴の顔を見たら、きっとひどい事を言ってしまう。
こういう時、自分の意地の悪い性格が恨めしい。
「さっきは…どうしたの?私、何か…しちゃった?」
君が、それを言うのか?
そう言いたいのをこらえて手をぎゅっと握り締める。
はやく、この場を去らなければ、何を言ってしまうかわからない。
俺は鍵を開けながら早口に言った。
「なんでもないよ。」
「なんでもないわけないよ!白原君、変だよ。どうしたの?」
亜貴の言葉がいちいち癪に障る。
俺が必死にこらえているのに。どうして、どうして…。
「白原君?どうしたの?」
だめだ、堪えろ、俺。
早くこの場を立ち去るんだ。彼女を、傷つけてしまう前に…。
「ねぇ、白原君。ねぇってば!」
俺の中で、何かがプツンと音を立てて切れた。
俺は後ろを振り向くと半ば叫ぶような声で言った。
「うるさいな、先生の車に乗って早く帰りなよ。先生、待ってるんだろ?」
亜貴が、ビクッと肩を振るわせたのがわかった。亜貴が何か言おうと口を開きかけたが、俺はその言葉をさえぎるように言い募った。
「先生、先生って苛々するんだよ。君の、その笑顔に無性に腹が立つ。
俺が不機嫌になった原因くらい察してよ。どうして気がつかないの?」
止められない。一度口を開いてしまったら、もう自分ではどうしようもないくらいに言葉が溢れだした。
黙って立っている亜貴にさらに言葉を投げかける。
「君が先生って言って笑うたびに、俺がどんな気持ちになってるか君、知ってる?知らないよね。そんなに先生がいいなら、先生のところに行けば……」
「白…原君…」
亜貴の声ではっと我に返った。亜貴がこちらを見つめている。
目には、涙が溜まっていた。
自分の言ったことを思い出し、俺はまた自転車へ向き直った。
「…ごめん、言い過ぎた。こんなことで、君にあたって悪かった。」
じゃあね、また明日。
そう言って自転車のハンドルに手をかけようとすると、急に後ろから抱きしめられた。
「…亜貴?」
「ごめん!私、全然気がつかなくて…その…白原くんに嫌な思いさせて…本当にごめんね!」
そう言って、亜貴は力いっぱい俺を抱きしめる。声が、震えていた。
泣いているのだろうか。
俺は、そっと亜貴の腕を離し、亜貴の方へ身体を向けた。
「もういいよ。俺が勝手に不機嫌だっただけだから。」
「でも…私……。」
ひ…尋也のこと…好きだから……。
ほとんど声にならない声で、亜貴がぽつりと言った。顔は真っ赤に染まっている。
かわいい。
心の中でそう呟いて、俺はにっこりと微笑んだ。
かわいい亜貴が見たいから、もう少しだけいじめたっていいよね?
「それ、本当?」
「うん、好きだよ。」
「じゃあ、証拠見せて。」
「しょ…証拠って?」
「キス。」
そういって俺は、彼女の唇に人差し指を当てた。
途端に、彼女の顔が赤く染まる。
「い…いつ?」
「今。ここで。」
言いながら、彼女に顔を近づける。
「こ…ここ、学校だよ?」
「知ってるよ。ほら、早く。」
彼女が手で俺を拒む。
恥ずかしそうなその表情がとても愛しい。
「俺のこと、好きなんでしょ?」
「で…でも……。」
「黙って。」
彼女の唇は、とてもやわらかく、暖かかった。
+一言コメント+
なんだかキャラ崩壊が激しくてすみません;
もうほとんど私の趣味ですね、白原君のキャラ笑
最後のキスシーンを沢登かノルがうっかり目撃☆なんてオチも素敵ですね(ぇw
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