君の思惑


「亜貴。」

声の方へ振り返ると、壁にもたれかかるように座る先生がにっこりと笑いながら手招きしていた。
どうも、あの深みのある声と笑顔に弱い。どんなに気をつけようと、一瞬で虜にされてしまう。
私は洗濯物をたたむ手を止め、先生の方へと歩み寄る。

「なんですか、先生?」

先生の顔から笑みが消え、代わりに両の頬が膨らんだ。同時に顔をついと逸らす。

「いいですよー。どうせ俺は亜貴にとって『真朱柑』じゃなくて『ただの担任の先生』ですよー。」

「先生、違いますよ。『ただの担任の先生』だった人ですよ。」

私の満面の笑みを先生は口をあけたまま見つめている。そしてすぐに首を垂らしてうなだれた。
くるくる変わる先生の表情が、可愛くて、いとおしい。

先生を想う気持ちを押し殺した数年間。
私の恋は終わるどころか濃度を増して先生を『特別』にしていった。
再開した先生は、あの時の先生のままだった。姿も、声も、しぐさも、何もかも。
『子供』から『大人』に成長した私を、しっかりと受け止めてくれた。

そんなことを思い出して、思わず笑いが漏れた。そろそろ、虐めるのは終わりにしよう。

「だって、今は『恋人』でしょう?」

先生──柑の顔に笑みが戻った。
本当にわかりやすい。私が柑を好きになった理由の一つだ。

「亜貴、おいで。」

柑は少し嬉しそうな、照れたような顔で言うと私の腕を引いた。 体が柑の方へと倒れこむ。
そこへすかさず肩に手を回して、柑は自分の胸元へ私を押し付けた。
心臓の音が聞こえる。柑の胸は、顔のすぐ横なのだ。顔に熱を感じるのにさほど時間はかからなかった。

私は、はやる鼓動を抑え柑に知られないように俯いたままじっとしていた。

……柑の鼓動が早い。

私はそっと柑の顔を見上げた。顔が赤いように見える。
柑は視線を感じたのか、優しい笑みを浮かべてこちらを見た。
時間が私たちの間をゆっくりと通り抜けた。まるで心地よい春の風のように。
ふと、柑が背を少し丸め顔を近づけてきた。柑の吐息が私の前髪を揺らす。
思わず目を瞑ると優しい柑の気配を唇に感じた。
柑のキスは先生のキスよりも暖かかく、私の全てを一瞬で包み込む。 柑は少しして唇を離すと再度、私を胸元へ押し付けて柑が体を傾けた。

「よしよし、いい子だ。そのままじっとしてろよ。」

また、柑との距離が近くなる。

「ねぇ、どうしたの?急に。」

私は嬉しさと恥ずかしさに耐えられなくなって、柑にたずねた。
私の質問に柑はただ一言こう答えた。

「いいから、向こう向いて。」

「………え?」


ぱしゃり、と、シャッターの落ちる音が聞こえた。


次に私がその写真を見たのは、何気なく柑の携帯電話を開いたときだった。






+一言コメント+
パニパレSSの第一号です。
最初は亜貴ちゃんが攻めてたのにいつのまにか逆転してしまいました(汗笑
真朱先生恐るべしw






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