Look at me


「桜、咲かなかったね」

中庭にひっそり佇む桜の木。丸裸のその木を見上げながら、香穂子は深くため息をついた。
卒業式までには咲けばいいなと思っていたのに。
花どころか蕾さえわからない桜の木に、香穂子は淋しさを感じた。

「当たり前だろう。まだ3月になったばかりだ。」

隣を歩いていた蓮が呆れたような顔で言った。
手に持つヴァイオリンケースと楽譜が春一番の風を受けて静かにゆれていた。

星奏学院の卒業式は毎年3月上旬に行われる。
そこでは音楽科の在校生による生演奏が音響として使われる。
香穂子は普通科だったが、コンクール出場者という事で特別に、その演奏に参加する事になったのだ。
今は、蓮と一緒に卒業式会場へ移動しているところだ。

「それよりも、香穂。早く行かないと最終リハに遅れてしまう。」

蓮が腕時計を確かめながら言った。
香穂子はまだ、桜の木を見上げている。
今日で火原や柚木が卒業してしまうのだ。そう思うとなかなか足が会場へ向かない。
先輩たちにはコンクールで何度も助けてもらったり、迷惑をかけた。
コンクールが終わってからも事あるごとに先輩は会いに来てくれたし、交流も続いていた。
先輩たちとの思い出を一つ一つ頭の中に描いていく。
楽しかったこと、嬉しかったこと、驚いたこと、辛かったこと。
全ての思い出に、温もりがある。
香穂子は無意識のうちに微笑んでいた。

「香穂。」

香穂子は突然呼ばれた自分の名前で我に返った。
同時に背中に体温を感じた。
蓮に背中から抱きしめられたことを香穂子は理解した。

「つ…月森君!」

「コンクールでの先輩は確かに格好良かったし、演奏も上手かった。コンクールが終わってから香穂と仲が良かったのも知っている。だが、少し先輩のことを考えすぎじゃないか?」

香穂子の耳元に蓮の声が響く。

「月森君…?」

「その…もう少し位、俺のことを考えてくれてもいいと思う。」

蓮はそう言って、もう一度しっかりと香穂子の身体を抱きしめると、早足に講堂の方へ歩き出した。
香穂子は後ろを振り返った。蓮の耳が、赤く染まっている。
それをみて少し肩をすくめると、香穂子は蓮を追いかけた。

「早く行こう、月森君!遅れちゃうよ!」

「お、おい。楽器を乱暴に…」

蓮が何かを叫んだ。
それを無視する代わりに、香穂子は蓮の手を取り会場へと走り出した。


+End+







+一言コメント+
三月に書いてたのにあげるのがすっかり遅くなってしまいました;
作中でも月森君がこのくらい接近してくれればいいのに!と思いつつ書いてました笑






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