おもしろくない


あれは…日野か?

職員室へと続く長い廊下の向こう側に小さく歩いてくる”何か”が見えた。
歩いてくる、というよりもふらついてやってくる、の方が合っているのかもしれない。まるで、慣れていない子供が自転車をこいでいるようにゆっくりと、身体を傾かせながら歩いていた。
大方社会の先生に教材を運べとでも言われたのだろう。地球儀やら地図らしいものを両手に抱えている。
荷物に隠れて見えはしないが、日野は今、必死な顔をしているに違いない。
手にとるように想像できて、思わず吹き出してしまう。日野が見せる必死な顔は笑った顔の次に好きな表情だ。
日野を見つけたときについ嫌味を言ってしまうのは、暇つぶしやストレス発散のためでもあるが、日野の、その顔を見たいが為でもある。
そういえばこの間も、屋上でせまってみせたときに同じ表情を見せてくれたっけ。
思い出してまた、笑みがこぼれる。

「きゃっ……!」

廊下に響いた悲鳴と物が落ちる大きな音で、はっと我に返る。
どうやら手にもっていた荷物を落としてしまったらしい。日野は困惑した様子で落ちた物を一生懸命に拾い集めていた。

「…ったく。何をやっているんだ、あいつは。」

鬱陶しそうに呟くも、俺は自分が笑っていることに気がついた。
俺はこの状況を、心のどこかで期待していたのだろうか。

まぁ仕方がない、俺が拾いに行ってやろう。

そう思って、足を踏み出した、そのときだった。

「おい、何やってんだお前は。大丈夫か?」

「土浦くん…。」

日野の後ろから日野と同じ普通科の土浦が走ってきた。
日野の隣にかがみこんだと思ったら、すばやく落ちている教材を拾い集める。俺はその光景を遠くから眺めていた。
心の奥に、何かがチクリ、と刺さった気がした。
日野の必死な顔を見たはずなのに、なぜか、おもしろくない。

「あんま無理すんなよ。で、これ、何処に持ってくんだ?」

「あ…社会科教室…なんだけど…。」

じゃあとっとと行くぞ、と言って、土浦はそのままこちらに向かって歩き出す。
俺は思わず階段の影に隠れた。別に隠れる必要は無かったのだが、何故かそうしなければいけないような気がした。
土浦の後を焦って追いかける日野の足音が小さく聞こえる。

「土浦君、持ってもらっちゃ悪いよ。」

「いいんだよ、別に。」

「でも…。」

「それじゃ、半分持ってくれるか?」

「…うん!ありがとう!」

楽しそうな笑い声を残して、二人は、渡り廊下の向こうへと消えてしまった。
完全に二人の背中が見えなくなると、俺はふう、と大きな息を吐いて壁にもたれかかった。
何かが胸の中で、もやもやと渦巻いている。この気持ちの名を知らない訳ではないが、絶対に認めたくない。
きっと、気のせいだ。俺が、日野に恋をしているなんて、ありえない。
まさか火原じゃあるまいし、自分の恋心を知らないような幼さなど、俺は遠い昔に忘れてきた。
けれど…

「……おもしろくないな。」

そうだ、今日は校門で待っているんじゃなくて、教室まで日野を迎えに行ってやろう。
俺に気がつかなかった罰だ。親衛隊の痛い視線を存分に浴びせてやる。
小さく笑みをこぼして、俺は、目的地である職員室を目指した。







+一言コメント+
柚木先輩が大好きです。
ツンデレ具合が最強!
あ、すみません、私の希望です笑





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