君を愛したことを、誰が、間違いだったと言えるのだろう。


大晦日の夜、ベランダで






「依藤さん、風邪ひくよ?」

かけられた声に振り返ると、ガラス戸に寄りかかるように白原君が立っていた。 部屋の中では酔いつぶれた烏羽くんやえっちゃんが赤い顔をしながら眠っている。

「うん、もう少しだけ。」

私は白原君に微笑みかけて、もう一度体をベランダの手すりにあずけた。 さきほどから、このやりとりを何度も繰り返している。
白原君は呆れたような溜息を残して、カラカラとガラス戸を閉めた。


長い間外を眺めていたせいで、すっかり指先が冷たくなっていた。
もうみんな寝ているし、本当にもう少ししたら、部屋へもどろう。
そう思った瞬間、ふと、ぬくもりが私の肩を包み込んだ。
白原君がブランケットをかけてくれたことに気付くのに、少し時間がかかってしまった。 驚いている私に、白原君はにっこり笑って言った。

「俺も、隣いいかな。」

私はコクリ、と小さくうなずいた。




「白原君は、誰かを愛したことがある?」

私の突然の問いに白原君は一瞬顔をゆがめ、何かをためらうようにいった。

「…あるよ」

白い吐息が、彼を取り巻いて、空へ昇っていく。

「その想いが……間違いだったとしたら…白原君はどうする?」

しばらく、沈黙が続いた。
その間ずっと、白原君は何かを探すように、じっと空をみつめていた。
彼を、困らせてしまった。
変なこと聞いて、ごめん。
そう言おうとして、口を開いたその時だった。

「考えてるのは黄朽葉くんのこと?」

私は一瞬だけピクリと肩をこわばらせた。
ちらりと盗み見た彼は空を見つめたままだった。
一度大きく息をついて、彼はゆっくりと口を開いた。

「俺は、そこまで誰かを愛したことはないからわからない。」

彼の、真剣な視線を感じた。

「だけど、誰かを愛する気持ちに、間違いだとか、失敗は、ないと思う。」

私の胸に、何かがサクリと突き刺さった。 目頭が、熱くなる。

「依藤さんがすべてをかけて黄朽葉くんを好きだというのなら、それは立派な愛の形だと思うよ。」

白原君の言葉に、私は涙を抑えきれなくなった。 手すりにすがりつく私の隣で、彼はずっと空を見つめていた。



「そろそろ、中に入ろうか。」

しばらく泣き続けた私に、白原君がそっと声をかけた。
彼の声に感じた温かさを、もう少しそばに置いておきたくて、私は隣にいる彼のブランケットを軽く握った。

「…もう少しだけ。」

私の言葉に、彼は少しだけ笑ってうなずいた。

街の向こうで、遠く小さく、鐘の音が響いていた。


+END+








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