夕焼けと君と


暮れなずむ空。茜色に染まる教室。
鳥の鳴き声すらも聞こえないくらい辺りは静かで、まるで時が止まっているかのようだ。

ふたりきり。

烏羽一徒の頭に一つの言葉がよぎった。
ふたりきり。依藤と、ふたりきり。
ちらり、と横をみやる。依藤亜貴がちょこんと座り、窓の外を眺めていた。
隣に座る恋人への警戒心が全く無いようだった。
ただ、空の向こうを見つめていた。
どうしても抑えきれない欲望が一徒の中で渦巻き始める。
髪に、頭に、肩に、触れたい。できれば思い切り抱きしめたい。
一徒は静かに深呼吸をし、そっと手を伸ばした。

「ねえ。」

「うわぁぁぁぁあ。」

後ろからかけられた一言がそれまでの空間を引き裂いた。 同時に叫び声が教室内に響きたる。
亜貴ははっとして後ろを振り向き、一徒は驚きのあまり机から転がり落ちた。

「俺がいることに気付いてる?気付いてないよね?」

「白原君。」

亜貴は声の人物を確認すして微笑むと、すぐに隣で落下してしまった一徒の方へ振り返った。

「一徒君、どうしたの。大丈夫?」

「あぁ、大した事じゃ…」


そう言って立ち上がろうとすると、亜貴が手を伸ばしてきた。一瞬見とれてしまうほど白くて、細い腕。
手を取ろうかと少し迷った挙句、一徒がふと顔を上げると亜貴は心配そうに首をかしげた。
亜貴と、目が合った。
その瞬間に一徒の頬が赤く染まる。どうしようも無くなって一徒は目をそらした。
一徒の目の前を亜貴の髪が横切り、後から甘くてやわらかい匂いが通り過ぎてゆく。
それを眺めていた白原尋也はすたすたと亜貴の方へ歩み寄ってきた。 亜貴の髪を一徒の視線からさらってゆく。

「綺麗な髪だね…この匂いはシャンプー?」

「うん、そうだよ。」

「いい匂いだね、依藤さんにぴったりだよ。」

「し、白原君…?」

尋也の言葉に不信感を覚えながらも亜貴の顔は照れで赤くなっていた。
一徒は自分の中に小さな怒りが芽生えるのを感じた。
亜貴は困ったような嬉しそうな顔で一徒の方を振り向いた。 それを見た尋也も勝ち誇ったように一徒へ笑いかける。 一徒の中で何かが、ぷつん、と切れた。
途端一徒は立ち上がると尋也の手を払いのけ、亜貴を強引に自分の方へと引っ張りこんだ。 亜貴を守るように強く抱きしめる。

「白原。お前、なにか用があったんじゃねーのか?」

尋也を威嚇するように睨み付ける一徒。
尋也は一瞬驚いたような顔を見せたがすぐにいつもの余裕の笑みで一歩、後退った。
脇の机に置いてあったファイルを手にとる。

「あぁ。忘れ物を、ね。」

「だったら、もう帰れよ。用は済んだんだろ?」

「そんなに警戒しなくてもいいじゃない。冗談だよ。」

亜貴が肩を気にしている。 一徒ははっとして、腕から力を抜いた。
心配そうに覗き込む一徒に亜貴は大丈夫だから、と笑顔で答えた。

「俺が入る余地、ないね。」

「当たり前だ。ほら、早く行けよ。」

「言われなくても帰るよ。この空気の中にいたら、俺まで甘くなっちゃうから。」

お幸せにね、と尋也は戸を閉めた。足音が遠のいていく。
完全に聞こえなくなると一徒は安堵のため息をついた。 そっと腕を離し、亜貴へと微笑みかける。

「依藤、顔赤いな。」

「……きっと、夕日のせいだよ。」

赤く染まった空。二人きりの教室。
一徒と亜貴は飽きることなく、夕日を見つづけていた。




+End+



+一言コメント+
烏羽くんは「鳥羽くん」と打ちそうで困ります。
烏羽くんはこんなに積極的なキャラだったかしら…?;






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